2017年12月 3日 (日)

倚松庵と住吉川沿いの土舗装

阪神魚崎駅から歩いて56分のところに、谷崎潤一郎の旧邸「倚松庵」があります。

「細雪」の執筆を開始した頃、住んでいた家です。谷崎潤一郎は、40回位引越しをしており、ここには昭和1111月から昭和1811月まで住んでいました。この「倚松庵」の松は松子夫人のことです。また、この場所は住吉川の側であり、松が多く植えられており、このことから松の字を用いたとも言われています。

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谷崎潤一郎は、ここへの入居の翌年に敷地内に書斎を増築しました。写真の左側の部分です。このことが家主とのいざこざとなり、谷崎潤一郎が詫び状を書くことになってしまいます。この詫び状も「倚松庵」に、展示してあります。

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2階の執筆に使用されたと思われる机です。

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1階の応接間と食堂の写真です。ここには谷崎潤一郎の写真や細雪のモデルになった4姉妹の写真が飾ってあります。

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懐かしい五右衛門風呂もありました。

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さて、住吉川沿いの松ですが、「倚松庵」の道を挟んで向い側の川の側に植えられています。「倚松庵」の松は松子夫人のこと以外に、松が多かったので、その名が使われたとも言われています。六甲ライナーの下になります。

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松が植えられているところは土ですが、土舗装がされています。松の下部は掘ってありますが、水を溜めるためか、肥料を施すためか・・・理由はわかりません。この近くには酒蔵が多く、新酒を根元にふるまうため・・・?ってことはないですよね。

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◆ジオベストのお問い合わせは、
ジオサプライ合同会社 http://www.geosupply.jp/
広島(082299-0681  神戸(078843-2561  名古屋(052766-6419 福岡(092518-3537まで。

2017年10月22日 (日)

大阪城と土舗装

大阪城の石垣には巨石が多く、名前がつけられています。下の巨石は、大手門の枡形の内側にある見付石です。他にも大阪城内には巨石がたくさんあります。

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巨石以外の石垣も良石を贅沢に積み上げてあり、強度と美観が意識されています。

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大阪城西の丸庭園は、入場料が必要で大人200円がかかりますが、大阪城内が自然色アスファルト舗装なのに対して通路がすべて土舗装なので気に入っています。公園とはいっても櫓や迎賓館があるもののただの芝生広場です。

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しかし、西の丸公園から見た大阪城はきれいです。のんびり過ごすにはいい場所だと思います。

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この日、実は、近くでジオベストを使用した防草工事が行なわれたので、大阪城にも寄ってみたわけです。

ジオベストは、歴史の現場の保存や、復元に使われる土舗装固化材です。防草対策にも使われています。

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興味のある方は、下記までどうぞ。

■ジオベストのお問合せは

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2017年9月30日 (土)

毛利家の家紋を高槻市で発見!

実は、毛利家の家紋を高槻市立しろあと歴史館で見つけました。

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えっ、なぜ?と思って調べてみたら、高槻城の城主、永井家の家紋「一文字三つ星」と同じだったのです。

毛利家の祖は、鎌倉幕府草創の功臣大江広元の四男季光ですが、次男に広時がいて、永井家の祖であり、季光とは兄弟だったわけです。それで、高槻市のしろあと歴史館で「一文字三つ星」を見つけても不思議ではありません。

ちなみに、 大江広元には数人の男子がいて、嫡男の親広は寒河江氏の祖に、三男宗元は那波氏の祖になっています。

高槻市立しろあと歴史館は、高槻城三の丸跡に建つ歴史博物館です。

戦国時代以降の文化財を中心に10万点以上の資料を収蔵していて、企画展も多く行なわれています。

 

そのあと、史跡嶋上郡衙跡に行ってきました。

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広大な敷地だったことにびっくりしますが、高槻市は、古代の摂津国嶋上郡にあたり、嶋上郡衛と呼ばれていたそうです。郡衛は儀式を行なう庁院や、戸籍や税などの事務をとる館舎、税として集めた稲束を納める正倉などが設けられていたそうです。現在は仮設広場ですが、将来は史跡公園として保存されていくようです。

ジオベストは、こうした歴史の現場の保存や、復元に使われる土舗装固化材です。

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2017年8月29日 (火)

安満宮山古墳と墓坑

安満宮山古墳は、標高125mの高槻市立公園墓地内にあり、大阪平野が一望できます。眼下では、史跡安満遺跡の整備(安満遺跡公園)が進んでいます。まさにこの安満宮山古墳がある安満山は聖なる地ですね。

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この古墳から発掘された銅鏡は、邪馬台国の卑弥呼女王が魏から贈られた「銅鏡百枚」の一部ともみられており、ここに眠る人物は、眼下に広がる安満遺跡を拠点とするこの地の王で、魏の都・落陽を訪れた使節団の有力な一員として活躍し、貴重な鏡を卑弥呼から授けられたのではないかと言われています。下の説明板には古代の技法にならって鋳造された鏡が埋め込まれており、触ることができます。注目されるのは、青龍三年(235年)銘をもつ方格規炬四神鏡(2号鏡)です。

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下の写真は墓坑です。ガラスシェルターに覆われており、発掘調査の様子を再現してあります。墓坑の大きさは、7.5m×3.5m、現存の深さは0.4mです。木棺埋納坑は、5.5m×1.3m、深さ1.2mです。

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墓坑の周りには、排水溝が設けてあります。

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私は、鏡より排水溝をめぐらした墓坑の方に関心がありました。

ジオベストは酸化マグネシウム系の土を固める固化材です。多くの遺跡の保存に使用されています。

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2017年7月23日 (日)

「掘ったほ!下関2017」公開中!

下関には、綾羅木郷遺跡、観音堂遺跡、仁馬山古墳といった古墳や遺跡が多数ありますが、今回それらを回ってきました。特に綾羅木郷遺跡の隣には、下関市立考古博物館があります。実際に古墳や遺跡を見るだけでなく、出土品の展示と解説があるのでお奨めです。

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最寄りの駅は、JR山陰本線の梶栗郷台地駅になります。駅前広場には弥生式土器を摸した土のオブジェがあり、

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橋には埴輪が並んでいて、遺跡の街という雰囲気がムンムンしています。

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下が綾羅木郷遺跡の入口になります。

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坂道の先は鬱蒼とした樹木に覆われています。

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そして、視界が開け、目の前に現れるのが若宮1号墳(前方後円墳)です。

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通路は舗装がされてない土の道です。側溝もありますが、水で洗われて水ミチが出来ているところが多くあります。側溝に向けて水勾配もしくは横勾配をとっておれば、雨水は側溝に向うはずなので改良が必要ですね。でも側溝は景観に合わせた造りになっているので、とっても良いと思います。

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そして、さらに下って、下関市立考古博物館に近づくと、岩谷古墳があります。墳丘の周りは法面からの雨水対策として現代的な側溝が造られています。ちょっと古代の雰囲気に合わないので、古代の英知を再現した側溝の姿に工夫ができたらいいと思います。移築保存されているわけなので、贅沢かな・・・。

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最後に、下関市立考古博物館に到着したら、常設展はもちろんですが、企画展示の方も見てください。

実は「掘ったほ!下関2017」という発掘速報展をやっています。期間は平成2971日~93日までです。「長府国府跡」「綾羅木郷台地遺跡」「重武屋敷遺跡」「史跡長州藩下関前田台場跡接地」「後山古墳」「延行条理遺跡」「武久川下流域条里遺跡」などの展示遺跡があります。

下関市内には600ヶ所を超える遺跡があるそうです。見逃せませんね。

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2017年6月 8日 (木)

大谷吉継の墓と土砂流出

NHK大河ドラマ「真田丸」で病身でありながら石田三成に協力して、関ヶ原の戦いで敗れ自害した大谷吉継のことは記憶に新しいと思います。その大谷吉継の墓がある関ヶ原町の山道(藤古川へ至る道から左折)を登って行ってきました。高木に囲まれた傾斜地にお墓があります。このお墓は江戸時代初期に建立されたそうです。

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多くの人が訪れるので新鮮な花が供えられていました。一方、雨上がりとはいえ、かなりの量の水溜りが出来ていました。それほど多くの雨でもなかったのにこの状態ですから、集中豪雨にでも遭うと、さらに水が溢れ、土砂も相当量流失してしまうものと思われます。その証拠に水は茶色く濁っていました。造営が江戸時代初期なので、長年の土の流失で、土の量が少なくなり、排水が機能しなくなったことが原因と思われます。また、傾斜地なので、山の上側から水が流入してくることも土を流出させる原因です。

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隣には、自害した時に介錯をした湯浅五郎の墓があります。下の写真のお花が供えてあるお墓がそうです。遠くで見づらいかもしれませんが、この湯浅五郎の墓は、大正5年に、湯浅五郎の子孫が建てたものだそうです。

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お墓の周りの高木は土が洗われて根が剥き出しになっています。こういう場合の修復は、小笠原諸島の修復と同様に現地の土とジオベストを混ぜ、ミキサーで練って、土が流失した根の間に埋めることで、土の流失を防ぐことが出来ます。根そのものは、地中深く伸びており、地中からの土壌の養分は通常どおり吸収ができます。ジオベストで土を固めても、その混合材には透水性があるので、雨水は地中に吸収されます。しかし、集中豪雨に遭うと、透水するより表面を水が走る方が多くなるので、排水対策を第1に考えることが重要です。ジオベストは、弱アルカリ性なので植生への負荷がないので、安心してご使用いただけます。

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2017年5月 7日 (日)

福山城の遺跡の保存

福山城は新幹線駅から目の前にあり、誰もがカメラを向けたくなる位置にあります。実は、福山駅はお城の中を横切って建設されています。もう10年ぐらい前になるかと思いますが、福山駅南口前から福山城の城壁が見つかり、公園として残そうという話がありました。当時の土木技術を考える上で大変重要と言われていたものの結局、地中に埋め戻されました。下の写真はその時のものです。

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そして、福山城は、緑豊かで癒される空間が多いことです。天守閣前も舗装されてない天然の土のままです。

【再建天守】

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【本丸御殿表向跡】

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【城内の緑】

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しかし、坂道は土の流失を防ぐために、舗装もされています。コンクリート舗装か?、アスファルトの自然色舗装?・・・もしくは土舗装かもしれません。

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福山城の城跡は国の史跡に指定されており、城内には筋鉄御門、伏見櫓など重要文化財があります。

【筋鉄御門(重要文化財)】

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【伏見櫓(重要文化財)】

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【鏡櫓(文書館)

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近世城郭円熟期の代表的な遺構である福山城を見たあとは、隣の広島県立歴史博物館にも足を伸ばすといいと思います。

■遺跡保存・修復に土舗装固化材「ジオベスト」。お問い合わせは

ジオサプライ合同会社

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2017年4月 6日 (木)

ジオベストによる改良土の強度変化

酸化マグネシウム系固化材「ジオベスト」は材齢210日まで強度が増加していきます。

これは酸化マグネシウムが土に含まれる成分と反応していくからです。

土の種類によって異なりますが、特に真砂土は、長期的に緩やかな強度変化をしていく相性のいい土になります。

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酸化マグネシウムの最初の反応としては、材齢120日までは、酸化マグネシウムが水と反応して水酸化マグネシウムを生成しますが、さらに、土に含まれる鉱物と反応していきます。これがジオベストの長期強度の増加です。

真砂土には、鉱物として、長石、石英、雲母がありますが、非晶質成分としてシリカ(SiO2)、アルミナ(Al2O3)、鉄(FeO3)を多く含有しており、マグネシウムとこれらが化合物をつくり、改良土の強度を増していきます。

これは酸化マグネシウムの製造方法にも関わってきますが、鉱物成りの酸化マグネシウムならではの大きな特長であり、長期的に強度が増していくジオベストの特長にもなっています。

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2017年4月 4日 (火)

大垣城の石垣とジオベスト

大垣城は、大垣駅から歩いて行ける距離にあり、市街地の中に埋もれるように存在しているので、びっくりします。

大垣城は、関ヶ原の戦いの時、石田三成が入城して西軍の拠点になになったことがあるだけでなく、古くから多くの名将(織田、氏家、池田、羽柴、加藤など)が城主として君臨していました。

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ここの石垣は、野面積みの石垣です。よく見ると珍しい古生物の化石を石垣に発見することができます。つまり、使用した石は、昔、海の底が隆起してできた山から切り出した石灰石というわけです。どおりで白い石が目立っています。

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ジオベストは酸化マグネシウムを主成分とした土舗装固化材ですが、実は、酸化マグネシウムは、万里の長城のレンガ目地に砂と粘土を混合して使用されていたという歴史があります。よって、現在もレンガ積みの目地にセメントではなく、ジオベストを使っていただいている造園会社の人もおられます。

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2016年11月28日 (月)

岡山城の野面積み

岡山城は、大坂城によく似ています。
というのも宇喜多秀家が秀吉の指導を受けて築城したからですが、昭和20年の空襲で焼け、昭和41年に再建されています。                                             
石垣は、石の加工方法によって、3種類に分類(野面積み・打ち込み接ぎ・切り込み接ぎ)されます。岡山城の天守台は野面積みです。加工しない石をそのまま積み上げるのでこのように呼ばれております。下の写真で赤く変化しているところは、昭和20年の岡山大空襲によって焼けて変色したままが残っています。

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この石垣には、下の写真のように、隙間に小石が詰め込まれています。
固定してないので、落石することがあり、特に地震の時は要注意です。粗っぽい石垣ですが、メリットもあります。つまり石と石が組み合ってないので、隙間があるため、排水性に優れていると言われています。

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岡山城は、宇喜多時代、小早川時代、池田時代と石垣の積み方の違いが発見できるので、石垣ファンには楽しめる場所だと思います。
通常は廊下門や鉄門跡からすぐに城内に入りますが、後楽園方面から旭川沿いに東方面に進むと、人通りも少なく、のんびりと散策が楽しめます。弊社は土舗装用の固化材を販売しているので、土の上を歩きたいという気持ちの方が強く、関心はそちらへ向いてしまいます。
しばらくすると、六十一雁木上門が見えます。

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途中、下の写真の場所で、土の流失と水ミチが出来ているところを見かけました。坂道で水のコントロールが難しいのですが、歴史的景観を損なわない排水方法を考えて、土の道が保存出来れば一番いいと思います。

土舗装は土を固めて透水性のある歩きやすい道にすることですが、重要なことは水をいかにコントロールして崩れない道にするか・・・にあると思います。

現在、岡山城周辺整備工事が進められていますが、旭川のせせらぎも見えるし、樹木も多いので、癒しの場所になりますね。

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