2018年10月 5日 (金)

大仙公園と台風21号の被害

大仙公園は、世界最大の墳墓仁徳天皇陵古墳の隣にある公園です。下の写真は公園入口にある公園案内図です。実は大仙公園は、台風21号による被害が大きく、閉園となっておりましたが、97日より開園になりました。

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しかし、陪家の1つである孫太夫山古墳の前の倒木が無残の姿をさらしていました。

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いこいの広場は、土舗装がされた広いスペースです。ここの一番奥には、国内外からの来訪者へのおもてなしのため、安全・安心・快適なトイレが整備されています。女性にやさしいトイレなので、ぜひご利用ください。

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いこいの広場から園路を進むと、左手には悲惨な倒木の山があります。

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右手は、竜佐山古墳ですが、近づいてみると、下のような悲惨な姿を目にすることになります。

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さらに進んでいくと、根元まで露になった倒木を目にします。

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園内の通路はすでに片付けられており、下の写真のようなきれいな土舗装を通ることができます。

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しかし、園内のほとんどは、下のような悲惨な情景が溢れていて、台風の凄さを物語っていました。

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下の写真は、仁徳天皇陵古墳です。

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中には入れませんが、古墳内の樹木もかなりの台風被害を受けているように見えました。

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そのあと、堺市博物館では、多数の埴輪を見てきました。ガイドさんは始めてから半年と言われていましたが、ご案内ありがとうございました。

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ジオサプライ合同会社 ホームページもしくは、 広島(082299-0681  神戸(078843-2561名古屋(052766-6419 福岡(092518-3537まで。

2018年8月16日 (木)

臼杵市と土舗装

臼杵市は、石仏で有名ですが、それだけではありません。お城を中心に、商家、武家屋敷、寺院に取り囲まれている城下町ならではの便利で機能的な街づくりと伝統と歴史が活かされた住みやすい町です。下の写真は、「サーラ・デ・うすき」の中にある「ポルト蔵」というお店の前に置かれたソファーとテーブルです。古いものの中に新しいものが同居したオシャレな街でもあるのです。

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土舗装(ジオベストを使用した土舗装ではありません。)は経年劣化による磨耗と思われますが、少し荒れています。しかし、歴史と伝統がある臼杵の街並みにマッチしています。

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その向いも植裁の緑が臼杵市観光情報協会の白い壁に映えて、とてもきれいです。

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「サーラ・デ・うすき」の外観は、漆喰の白さと土壁の造作が個性的で素敵です。

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四方を海に囲まれた臼井城は、キリシタン大名・大友宗麟が築いたお城ですが、元々は臼杵湾に浮かぶ島で、天然の要塞でした。その雰囲気がお掘として残されています。

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臼杵城内は現在、臼杵公園として市民に開放されていますが、ところどころの歩道が、歩きやすさを考慮して、土舗装に整備されています。

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市の中心部にある八町大路の商店街は石畳ですが、歴史を感じさせる街づくりがされています。下の写真は、農民カフェ大分臼杵店です。オーガニックなランチとカフェが楽しめます。

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下の写真は、呉服販売の「きものの赤穂屋」さんです。承応3年開業だそうです。

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下の写真は、カニ醤油(鑰屋 かぎや)さんです。九州で一番古くから続く味噌醤油屋・カニ印のお店です。

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ほかにもたくさんの歴史と伝統がある臼杵らしい店舗があります。ぜひ訪ねてみてください。新しい発見ができます。

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2018年7月11日 (水)

法隆寺の土壁と土の道

法隆寺といえば、日本最初の世界遺産です。今回の目的は土壁を見ることにあります。まずは、南大門から入るわけですが、藤ノ木古墳に先に寄ったことから、最初の写真は西院伽藍を背にして松並木の間の参道を逆方向から撮影をしています。土舗装がされているかと思ったのですが、特に舗装がされている印象はなく自然の土のまま、もしくは下地を固めて、上に砂を撒く施工方法だと思われます。両側の松並木の間には、夏が近いので雑草が生い茂り、業者さんが草刈りをしている真最中でした。

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下の写真は法隆寺南大門の土壁です。版築で土を突き固めたいくつもの層や土壁を修復した際に出来る補修跡を見ることができます。版築は、古代からの土を突き固めて強度を出す手法ですが、法隆寺では多用されています。南大門では、入口前後で地形に段差があるため、表側は、壇上積基壇とし、内側は雨落溝がめぐらしてあります。土壁は、なぜか下の方にいくほど黒ずんでいます。1435年に南大門が焼失した跡なのかと思いましたが、1438年に南大門が再建されているので単なる風化した跡のように思います。しかし、いかにも焼失した跡に見えるのが風情を醸し出しています。

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法隆寺南大門を抜けると、左側の手前に地蔵院、そして西園院(法隆寺の住職の居所右側に宝光院、続いて明王院の土壁(築地塀が広がります。正面の法隆寺中門は現在改修中です。

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下の写真は、西園院の土壁(築地塀です。

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版築の上に上塗りがされていますが、下の方は、雨に濡れやすいため、水の重みで剥れている感じがします。崩れていきそうな儚さが感じられていいですね。

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下の写真は、右手奥、護摩堂(不動明王及び二童子像、弘法大師坐像を安置の土壁(築地塀です。

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土壁の間に須柱があります。

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実は、法隆寺五重塔は、釈尊の遺骨を奉安するためのもので、高さは基壇の上から約32.5mあり、日本最古の五重塔です。

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その法隆寺五重塔の基壇は、「二重基壇」で、中は版築で固めてありますが、外は白御影石のようなものが化粧石として使われています。ツルツルに磨き上げてあり、とてもきれいです。

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最後に回ったのは、東院伽藍の夢殿です。聖徳太子の遺徳を偲んで八角円堂の建物が建てられていますが、造形美の素晴らしさがあります。元々は、中国の八方位陰陽説から八角になったとされています。

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2018年6月16日 (土)

国宝「臼杵石仏」と土舗装

臼杵市の魅力は石仏だけでなく、石畳の街並みや海の幸など、旅を満喫できる多くの豊かな観光資源があることです。

臼杵市は、若者が住みたい田舎ランキング1位に評価されており、歴史や自然だけでなく新しい街づくりも活発で、移住したくなる気持ちも実感できました。今回は、日帰り旅でしたが、次回はゆっくりと臼杵の温泉に浸かり、ゆったりした臼杵時間を楽しみたいと思います。そして、「サーラ・デ・ウスキ」のRosettaで、見た目もおいしさがそそられるランチを楽しみたいと思います。

Rosetta

臼杵市といえば石仏・・・昔から是非訪れてみたいと思っていましたが、今回、念願がかなってお参りすることが出来ました。

臼杵の石仏はレリーフではありません。立体的に掘り出した彫刻です。石で造られているのに固さではなく、柔らかな表情の眼差しとかすかに残る彩色が魅力です。写真の古園石仏の大日如来像の仏頭は、長い間、仏体下の台座の上に安置されていましたが、現在では写真のように胴と一体になり復位されています。

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61体あるすべての磨崖仏は、阿蘇山からの火砕流が溶結した凝灰岩に掘られているので、脆く、多くの石仏の下半身が水などによって削られ、風化しています。

個人的には、彩色が残る「ホキ石仏第一群第四龕の地蔵十王像に惹かれます。絵として表現してみたいと思います。

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こうした臼杵石仏の前に広がるのが「臼杵石仏公園」になります。中心に土舗装が施された「心の小径」があり、四季の花が楽しめます。

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古園石仏から満月寺を見下ろすと、眼下には緑豊かな自然と土舗装が広がっています。ただ土舗装は整備されてから年月が経っていると思われ、多くのひび割れが目立っており残念でした。

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2018年5月14日 (月)

名古屋城天守閣入場禁止と土舗装

名古屋城の天守閣木造復元事業のために、天守閣が平成3057日から入場禁止になりました。木造復元された天守閣の竣工時期は、202212月を予定しているそうです。確かに大阪城や名古屋城がコンクリートの復元なので、木造だったらなあと思っていましたが、果たして目論見通り歴史に忠実な木造復元がされるのか、木造強化ハイブリッド工法になるのか、コンクリートで復元されるのかはこれから検討されるようなので、見守っていきたいと思います。また、天守閣が木造復元されるのなら、敷地はコンクリートではなく土舗装をぜひ検討していただきたいと思います。

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同時に、土台となる石垣の耐震性の検討も必要になりますが、加藤清正はじめ20の諸大名に分担させた石垣の刻銘にも注目したいと思います。

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特に、この天守閣の石垣の東北隅北面石には、清正一手の築造を記す「加藤肥後守内小代下総」の刻名がされているからです。

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一方、名古屋城本丸御殿は、これまで順次公開されてきましたが、平成30年68日に上洛殿や湯殿書院等が公開される予定です。

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これまでに、平成25529日から玄関・表書院を、平成2861日から対面所・下御膳所が公開されています。

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2018年4月15日 (日)

斎場御嶽と参道

世界文化遺産「斎場御嶽」は、古来より男子禁制の祈りが捧げられてきた神聖な聖地です。

今回はその祈りの場である「斎場御嶽」の参道や排水溝を見てきました。

まず、「斎場御嶽」に入場するには、「緑の館」でマナービデオを視聴してからになります。「斎場御嶽」が神聖な場所であり、今も祈りを捧げられている多くの人々がおられることを知って、敬う心構えで見学することを教えていただきます。

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御門口(ウジョウグチ)は、「斎場御嶽」の入口で、神社でいえば拝殿にあたる所です。坂道になっており、琉球石灰岩の石畳なので、滑り易く、滑り止めのシートが敷かれ、左側には土砂流失防止のための土嚢が積まれています。

元々は、国王巡拝に使用するため、2.7m程の幅広な琉球石灰岩を使用した階段だったそうですが、太平洋戦争中に陣地として使用したことや土砂崩れによる被害を受けて当時とは様相が異なっているそうです。

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進んでいくと、参道の琉球石灰岩の石畳の両側にも土嚢が置かれるようになります。普通に考えると、土嚢がない時代は、雨が降ると、石畳の参道の両側は水ミチとなって、大量の土砂が流れたと思います。

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土嚢がない場所は、石畳の両側は下のように、土の道になり、ところどころ雨水で掘れてきます。

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また、石畳に降った雨水が両側の低いところに流れ、水ミチとなり、下方に向って流れます。

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よって、坂道を下る雨水をコントロールするための集水枡が要所要所に造られています。琉球王国時代にも石畳の参道の下をくぐりぬける排水溝が存在したとパンフレットに書かれていますので、集水枡を結ぶ雨水管の役割をした排水溝が参道に沿って、または横断するように石畳の下に造られていたと思われます。

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集水枡の周りは、ジャーガルもしくは島尻マージといった現地土を使用した土舗装がされています。どちらも粘土質に富む粒子が細かい風化土なので、土舗装に使用するには一工夫が必要です。

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下の写真は三庫理(サングーイ)入口です。

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下の写真は、三庫理(サングーイ)前の排水溝です。参拝をされる方が泥濘で足を取られないように石畳の下を排水溝が通してあります。

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琉球王国時代にも発掘調査で、下のような三庫理(サングーイ)前の排水溝が見つかっており、当時から安全にお参りができるよう工夫されていたことがわかります。

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出典:沖縄市県南城市発行斎場御嶽パンフレットより

三角形の突き当たりが三庫理(サングーイ)です。三角形の空間を抜けると、ここから「神の島」と呼ばれる久高島を見ることができます。神秘的てす。

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2018年4月12日 (木)

首里城復元工事

久々の首里城でした。今回は、どうしても見たいものがあり、そのために行ってきました。

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首里城へは弁財天堂側からから向いました。下の写真が弁財天堂ですが、外国からの観光客が多かったです。

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下の写真の城郭石積みは、「布積み」と言われる石積みの方法で造られています。沖縄のグスクは、日本のお城より200年以上前から築かれてきたと言われています。

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そして、沖縄の城郭石積みに特徴的なのが「角がしら」です。天に向かっている石積みは本土にはありませんね。

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下の写真は、かつては通用門として女性が使用していた久慶門です。

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下の守礼門をくぐって、歓会門へ向います。

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通路の石畳も、城壁同様にほとんどが琉球石灰岩です。首里城がなぜ琉球石灰岩が多いかというと、数十万年前に海底から隆起した泥岩の上に琉球石灰岩が乗ったところに首里城があるからですね。そして、琉球石灰岩は加工が容易だったことが多用される理由の1つです。

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そして、下の歓会門をくぐり、

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瑞泉門を抜け、

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漏刻門を抜けると、

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奉神門にたどり着けます。

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そして、ここから中に入ると、首里城正殿を見ることができます。御庭には、敷き瓦といって、タイル状のものが敷かれています。「クチャ」という粘土質の土で、鉄分の多い泥を素焼きにした赤瓦がありますが、同じものでしょうか?ご存知の人はおられませんか?

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実は、今回の訪問目的は、首里城正殿ではなく、正殿裏の御内原美福門周辺工事の完成を見ることでした。係りの人の説明では、本来は28年度工事で完成してるはずの工事が遅れていて、公開が遅れているとのことでした。今は完成し、公開されているので、今度こそしっかり見てきたいと思っています。

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2018年4月 5日 (木)

五代友厚のお墓と墓園の土舗装

現在、「幕末維新150年」が開催されていますので、その関係から近代大阪経済の父と言われ、明治時代、大阪の復興に尽力した五代友厚のお墓を紹介します。阿倍野区民センターの隣の大阪市設南霊園に五代友厚のお墓があります。最寄り駅は、地下鉄谷町線の阿倍野駅で、下車徒歩約2分です。

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そして、下の写真が五代友厚顕彰碑です。

その内容は、「五代友厚氏は鹿児島生まれ。長崎の海軍伝習所に学び、上海に遣いした後欧州に渡り、諸国の新知識に接して帰朝。維新政府の参与に任ぜられ、外国事務局判事、大阪府判事等を歴任。外交内政に広く貢献した。
明治二年官を辞して大阪に居を定め、各地鉱山の開発、藍の精製、金銀分析所、活版所、貿易会社、鉄道会社、商船会社等多くの事業を興した。また社会公共にあっつても、明治十一年大阪商法会議所を設立。初代会頭として商工業界を指導したほか、造幣寮、米商会所、株式取引所、大阪商業講習所の創立に尽力した。
明治十八年九月二十五日、借しくも五十才にして病没したが、卓越した先見性と豪放、高潔の人柄をもって、よく大阪経済を衰微の極から救い、後の発展の礎を築いた功績は不滅の光彩に輝く。
ここに氏の生誕百五十年、没後百年を記念し、その偉業を顕彰する。」

・・・・・とあります。

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お墓ではありませんが、北浜にある大阪証券取引所の前に五代友厚の銅像があります。ほかにも大阪商工会議所前にもありますね。五代は初代会頭でした。大阪市立大学も設立したことから2015年に大阪市立大学の構内に銅像が建てられています。ほかに大阪には銅像が2箇所あるので、大阪には全部で5箇所あるということになります。

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最後に墓園の土舗装のご紹介です。下の墓地は大阪府下にあるジオベストで施工された市営の墓園です。3年かけて整備されました。土舗装をされた1番の目的は雑草対策です。ジオベストの防草メカニズムは、養分(窒素・リン・カリウム)の不溶化にあります。そして、長期的に防草が維持できることです。雨でもぬかるむことがなく土で整備された墓園は、自然の風合いとともに、安心してお参りできます。

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2018年4月 2日 (月)

大阪城と桜

今年も桜の季節がやってきましたが、今年の3月は早い春を迎えており、327日には神戸で桜の開花を見ました。新神戸駅前の川沿いですが、きれいでしたね。

よって、大阪城公園も、早々と開花していたので、お花見予定の41日まで散らないで残っていて欲しいと願っていましたが、無事花見が出来ました。しかし、時々吹く春の風で桜が一斉に散っていくので、今日が見おさめかもしれません。今年は、日本人だけでなく外国人も加わって国際的な花見になりましたが、大阪城公園は、日本人に交じって、外国人の姿が多くなっていると思います。

それに大阪は公園が少ないと言われるので、特にこの大阪城公園には人が集中するのかもしれません。大阪城公園は、市民のオアシスとしてだけでなく、生物多様性を育む都市公園としても重要です。生き物の生息地としても、コンクリートやアスファルトから土の道を増やすことを考えて欲しいと思います。

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「幕末維新150」のバナーも風に揺れていました。確か「五代友厚の墓」が阿倍野の墓地にありましたね。

久しぶりにお参りしてこようかな。

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2018年2月 2日 (金)

沖縄では桜が開花

沖縄に土系舗装の仕事で行ってきました。

沖縄の土は粘性土なので壁材には適していますが、土舗装に使用するにはやっかいな土です。でも赤土は瓦にも使われており、上手に利用するときれいな土系舗装に仕上がります。日本列島は寒気に覆われていますが、沖縄は桜のシーズンを迎えていました。写真は、ひめゆりの塔で見たカンヒザクラです。開花していたカンヒザクラに目を奪われたのでアップしました。

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ひめゆり平和祈念資料館にも入館しましたが、時間の関係で、じっくり見学できませんでした。下の写真がひめゆり平和祈念資料館です。

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中に入ると館内は撮影禁止なので、中庭の花壇のみアップします。

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下の写真は、沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑です。慰霊碑の前に石に刻まれた「ひまわりの塔」も見えています。第三外科壕は、96名のうち、87名が死亡しています。沖縄戦終結まで生き残ったのはわずかに5といわれています。

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その周辺を撮影したのが下の写真です。熱帯地方で見られるガジュマルが植えられていました。

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