2018年6月16日 (土)

国宝「臼杵石仏」と土舗装

臼杵市の魅力は石仏だけでなく、石畳の街並みや海の幸など、旅を満喫できる多くの豊かな観光資源があることです。

臼杵市は、若者が住みたい田舎ランキング1位に評価されており、歴史や自然だけでなく新しい街づくりも活発で、移住したくなる気持ちも実感できました。今回は、日帰り旅でしたが、次回はゆっくりと臼杵の温泉に浸かり、ゆったりした臼杵時間を楽しみたいと思います。そして、「サーラ・デ・ウスキ」のRosettaで、見た目もおいしさがそそられるランチを楽しみたいと思います。

Rosetta

臼杵市といえば石仏・・・昔から是非訪れてみたいと思っていましたが、今回、念願がかなってお参りすることが出来ました。

臼杵の石仏はレリーフではありません。立体的に掘り出した彫刻です。石で造られているのに固さではなく、柔らかな表情の眼差しとかすかに残る彩色が魅力です。写真の古園石仏の大日如来像の仏頭は、長い間、仏体下の台座の上に安置されていましたが、現在では写真のように胴と一体になり復位されています。

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61体あるすべての磨崖仏は、阿蘇山からの火砕流が溶結した凝灰岩に掘られているので、脆く、多くの石仏の下半身が水などによって削られ、風化しています。

個人的には、彩色が残る「ホキ石仏第一群第四龕の地蔵十王像に惹かれます。絵として表現してみたいと思います。

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こうした臼杵石仏の前に広がるのが「臼杵石仏公園」になります。中心に土舗装が施された「心の小径」があり、四季の花が楽しめます。

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古園石仏から満月寺を見下ろすと、眼下には緑豊かな自然と土舗装が広がっています。ただ土舗装は整備されてから年月が経っていると思われ、多くのひび割れが目立っており残念でした。

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2018年5月14日 (月)

名古屋城天守閣入場禁止と土舗装

名古屋城の天守閣木造復元事業のために、天守閣が平成3057日から入場禁止になりました。木造復元された天守閣の竣工時期は、202212月を予定しているそうです。確かに大阪城や名古屋城がコンクリートの復元なので、木造だったらなあと思っていましたが、果たして目論見通り歴史に忠実な木造復元がされるのか、木造強化ハイブリッド工法になるのか、コンクリートで復元されるのかはこれから検討されるようなので、見守っていきたいと思います。また、天守閣が木造復元されるのなら、敷地はコンクリートではなく土舗装をぜひ検討していただきたいと思います。

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同時に、土台となる石垣の耐震性の検討も必要になりますが、加藤清正はじめ20の諸大名に分担させた石垣の刻銘にも注目したいと思います。

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特に、この天守閣の石垣の東北隅北面石には、清正一手の築造を記す「加藤肥後守内小代下総」の刻名がされているからです。

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一方、名古屋城本丸御殿は、これまで順次公開されてきましたが、平成30年68日に上洛殿や湯殿書院等が公開される予定です。

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これまでに、平成25529日から玄関・表書院を、平成2861日から対面所・下御膳所が公開されています。

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2018年4月15日 (日)

斎場御嶽と参道

世界文化遺産「斎場御嶽」は、古来より男子禁制の祈りが捧げられてきた神聖な聖地です。

今回はその祈りの場である「斎場御嶽」の参道や排水溝を見てきました。

まず、「斎場御嶽」に入場するには、「緑の館」でマナービデオを視聴してからになります。「斎場御嶽」が神聖な場所であり、今も祈りを捧げられている多くの人々がおられることを知って、敬う心構えで見学することを教えていただきます。

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御門口(ウジョウグチ)は、「斎場御嶽」の入口で、神社でいえば拝殿にあたる所です。坂道になっており、琉球石灰岩の石畳なので、滑り易く、滑り止めのシートが敷かれ、左側には土砂流失防止のための土嚢が積まれています。

元々は、国王巡拝に使用するため、2.7m程の幅広な琉球石灰岩を使用した階段だったそうですが、太平洋戦争中に陣地として使用したことや土砂崩れによる被害を受けて当時とは様相が異なっているそうです。

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進んでいくと、参道の琉球石灰岩の石畳の両側にも土嚢が置かれるようになります。普通に考えると、土嚢がない時代は、雨が降ると、石畳の参道の両側は水ミチとなって、大量の土砂が流れたと思います。

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土嚢がない場所は、石畳の両側は下のように、土の道になり、ところどころ雨水で掘れてきます。

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また、石畳に降った雨水が両側の低いところに流れ、水ミチとなり、下方に向って流れます。

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よって、坂道を下る雨水をコントロールするための集水枡が要所要所に造られています。琉球王国時代にも石畳の参道の下をくぐりぬける排水溝が存在したとパンフレットに書かれていますので、集水枡を結ぶ雨水管の役割をした排水溝が参道に沿って、または横断するように石畳の下に造られていたと思われます。

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集水枡の周りは、ジャーガルもしくは島尻マージといった現地土を使用した土舗装がされています。どちらも粘土質に富む粒子が細かい風化土なので、土舗装に使用するには一工夫が必要です。

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下の写真は三庫理(サングーイ)入口です。

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下の写真は、三庫理(サングーイ)前の排水溝です。参拝をされる方が泥濘で足を取られないように石畳の下を排水溝が通してあります。

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琉球王国時代にも発掘調査で、下のような三庫理(サングーイ)前の排水溝が見つかっており、当時から安全にお参りができるよう工夫されていたことがわかります。

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出典:沖縄市県南城市発行斎場御嶽パンフレットより

三角形の突き当たりが三庫理(サングーイ)です。三角形の空間を抜けると、ここから「神の島」と呼ばれる久高島を見ることができます。神秘的てす。

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2018年4月12日 (木)

首里城復元工事

久々の首里城でした。今回は、どうしても見たいものがあり、そのために行ってきました。

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首里城へは弁財天堂側からから向いました。下の写真が弁財天堂ですが、外国からの観光客が多かったです。

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下の写真の城郭石積みは、「布積み」と言われる石積みの方法で造られています。沖縄のグスクは、日本のお城より200年以上前から築かれてきたと言われています。

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そして、沖縄の城郭石積みに特徴的なのが「角がしら」です。天に向かっている石積みは本土にはありませんね。

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下の写真は、かつては通用門として女性が使用していた久慶門です。

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下の守礼門をくぐって、歓会門へ向います。

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通路の石畳も、城壁同様にほとんどが琉球石灰岩です。首里城がなぜ琉球石灰岩が多いかというと、数十万年前に海底から隆起した泥岩の上に琉球石灰岩が乗ったところに首里城があるからですね。そして、琉球石灰岩は加工が容易だったことが多用される理由の1つです。

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そして、下の歓会門をくぐり、

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瑞泉門を抜け、

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漏刻門を抜けると、

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奉神門にたどり着けます。

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そして、ここから中に入ると、首里城正殿を見ることができます。御庭には、敷き瓦といって、タイル状のものが敷かれています。「クチャ」という粘土質の土で、鉄分の多い泥を素焼きにした赤瓦がありますが、同じものでしょうか?ご存知の人はおられませんか?

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実は、今回の訪問目的は、首里城正殿ではなく、正殿裏の御内原美福門周辺工事の完成を見ることでした。係りの人の説明では、本来は28年度工事で完成してるはずの工事が遅れていて、公開が遅れているとのことでした。今は完成し、公開されているので、今度こそしっかり見てきたいと思っています。

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2018年4月 5日 (木)

五代友厚のお墓と墓園の土舗装

現在、「幕末維新150年」が開催されていますので、その関係から近代大阪経済の父と言われ、明治時代、大阪の復興に尽力した五代友厚のお墓を紹介します。阿倍野区民センターの隣の大阪市設南霊園に五代友厚のお墓があります。最寄り駅は、地下鉄谷町線の阿倍野駅で、下車徒歩約2分です。

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そして、下の写真が五代友厚顕彰碑です。

その内容は、「五代友厚氏は鹿児島生まれ。長崎の海軍伝習所に学び、上海に遣いした後欧州に渡り、諸国の新知識に接して帰朝。維新政府の参与に任ぜられ、外国事務局判事、大阪府判事等を歴任。外交内政に広く貢献した。
明治二年官を辞して大阪に居を定め、各地鉱山の開発、藍の精製、金銀分析所、活版所、貿易会社、鉄道会社、商船会社等多くの事業を興した。また社会公共にあっつても、明治十一年大阪商法会議所を設立。初代会頭として商工業界を指導したほか、造幣寮、米商会所、株式取引所、大阪商業講習所の創立に尽力した。
明治十八年九月二十五日、借しくも五十才にして病没したが、卓越した先見性と豪放、高潔の人柄をもって、よく大阪経済を衰微の極から救い、後の発展の礎を築いた功績は不滅の光彩に輝く。
ここに氏の生誕百五十年、没後百年を記念し、その偉業を顕彰する。」

・・・・・とあります。

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お墓ではありませんが、北浜にある大阪証券取引所の前に五代友厚の銅像があります。ほかにも大阪商工会議所前にもありますね。五代は初代会頭でした。大阪市立大学も設立したことから2015年に大阪市立大学の構内に銅像が建てられています。ほかに大阪には銅像が2箇所あるので、大阪には全部で5箇所あるということになります。

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最後に墓園の土舗装のご紹介です。下の墓地は大阪府下にあるジオベストで施工された市営の墓園です。3年かけて整備されました。土舗装をされた1番の目的は雑草対策です。ジオベストの防草メカニズムは、養分(窒素・リン・カリウム)の不溶化にあります。そして、長期的に防草が維持できることです。雨でもぬかるむことがなく土で整備された墓園は、自然の風合いとともに、安心してお参りできます。

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2018年4月 2日 (月)

大阪城と桜

今年も桜の季節がやってきましたが、今年の3月は早い春を迎えており、327日には神戸で桜の開花を見ました。新神戸駅前の川沿いですが、きれいでしたね。

よって、大阪城公園も、早々と開花していたので、お花見予定の41日まで散らないで残っていて欲しいと願っていましたが、無事花見が出来ました。しかし、時々吹く春の風で桜が一斉に散っていくので、今日が見おさめかもしれません。今年は、日本人だけでなく外国人も加わって国際的な花見になりましたが、大阪城公園は、日本人に交じって、外国人の姿が多くなっていると思います。

それに大阪は公園が少ないと言われるので、特にこの大阪城公園には人が集中するのかもしれません。大阪城公園は、市民のオアシスとしてだけでなく、生物多様性を育む都市公園としても重要です。生き物の生息地としても、コンクリートやアスファルトから土の道を増やすことを考えて欲しいと思います。

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「幕末維新150」のバナーも風に揺れていました。確か「五代友厚の墓」が阿倍野の墓地にありましたね。

久しぶりにお参りしてこようかな。

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2018年2月 2日 (金)

沖縄では桜が開花

沖縄に土系舗装の仕事で行ってきました。

沖縄の土は粘性土なので壁材には適していますが、土舗装に使用するにはやっかいな土です。でも赤土は瓦にも使われており、上手に利用するときれいな土系舗装に仕上がります。日本列島は寒気に覆われていますが、沖縄は桜のシーズンを迎えていました。写真は、ひめゆりの塔で見たカンヒザクラです。開花していたカンヒザクラに目を奪われたのでアップしました。

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ひめゆり平和祈念資料館にも入館しましたが、時間の関係で、じっくり見学できませんでした。下の写真がひめゆり平和祈念資料館です。

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中に入ると館内は撮影禁止なので、中庭の花壇のみアップします。

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下の写真は、沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑です。慰霊碑の前に石に刻まれた「ひまわりの塔」も見えています。第三外科壕は、96名のうち、87名が死亡しています。沖縄戦終結まで生き残ったのはわずかに5といわれています。

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その周辺を撮影したのが下の写真です。熱帯地方で見られるガジュマルが植えられていました。

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2017年12月 3日 (日)

倚松庵と住吉川沿いの土舗装

阪神魚崎駅から歩いて56分のところに、谷崎潤一郎の旧邸「倚松庵」があります。

「細雪」の執筆を開始した頃、住んでいた家です。谷崎潤一郎は、40回位引越しをしており、ここには昭和1111月から昭和1811月まで住んでいました。この「倚松庵」の松は松子夫人のことです。また、この場所は住吉川の側であり、松が多く植えられており、このことから松の字を用いたとも言われています。

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谷崎潤一郎は、ここへの入居の翌年に敷地内に書斎を増築しました。写真の左側の部分です。このことが家主とのいざこざとなり、谷崎潤一郎が詫び状を書くことになってしまいます。この詫び状も「倚松庵」に、展示してあります。

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2階の執筆に使用されたと思われる机です。

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1階の応接間と食堂の写真です。ここには谷崎潤一郎の写真や細雪のモデルになった4姉妹の写真が飾ってあります。

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懐かしい五右衛門風呂もありました。

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さて、住吉川沿いの松ですが、「倚松庵」の道を挟んで向い側の川の側に植えられています。「倚松庵」の松は松子夫人のこと以外に、松が多かったので、その名が使われたとも言われています。六甲ライナーの下になります。

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松が植えられているところは土ですが、土舗装がされています。松の下部は掘ってありますが、水を溜めるためか、肥料を施すためか・・・理由はわかりません。この近くには酒蔵が多く、新酒を根元にふるまうため・・・?ってことはないですよね。

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2017年10月22日 (日)

大阪城と土舗装

大阪城の石垣には巨石が多く、名前がつけられています。下の巨石は、大手門の枡形の内側にある見付石です。他にも大阪城内には巨石がたくさんあります。

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巨石以外の石垣も良石を贅沢に積み上げてあり、強度と美観が意識されています。

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大阪城西の丸庭園は、入場料が必要で大人200円がかかりますが、大阪城内が自然色アスファルト舗装なのに対して通路がすべて土舗装なので気に入っています。公園とはいっても櫓や迎賓館があるもののただの芝生広場です。

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しかし、西の丸公園から見た大阪城はきれいです。のんびり過ごすにはいい場所だと思います。

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この日、実は、近くでジオベストを使用した防草工事が行なわれたので、大阪城にも寄ってみたわけです。

ジオベストは、歴史の現場の保存や、復元に使われる土舗装固化材です。防草対策にも使われています。

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2017年9月30日 (土)

毛利家の家紋を高槻市で発見!

実は、毛利家の家紋を高槻市立しろあと歴史館で見つけました。

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えっ、なぜ?と思って調べてみたら、高槻城の城主、永井家の家紋「一文字三つ星」と同じだったのです。

毛利家の祖は、鎌倉幕府草創の功臣大江広元の四男季光ですが、次男に広時がいて、永井家の祖であり、季光とは兄弟だったわけです。それで、高槻市のしろあと歴史館で「一文字三つ星」を見つけても不思議ではありません。

ちなみに、 大江広元には数人の男子がいて、嫡男の親広は寒河江氏の祖に、三男宗元は那波氏の祖になっています。

高槻市立しろあと歴史館は、高槻城三の丸跡に建つ歴史博物館です。

戦国時代以降の文化財を中心に10万点以上の資料を収蔵していて、企画展も多く行なわれています。

 

そのあと、史跡嶋上郡衙跡に行ってきました。

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広大な敷地だったことにびっくりしますが、高槻市は、古代の摂津国嶋上郡にあたり、嶋上郡衛と呼ばれていたそうです。郡衛は儀式を行なう庁院や、戸籍や税などの事務をとる館舎、税として集めた稲束を納める正倉などが設けられていたそうです。現在は仮設広場ですが、将来は史跡公園として保存されていくようです。

ジオベストは、こうした歴史の現場の保存や、復元に使われる土舗装固化材です。

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